平成20年度広島市平和祈念式中学生派遣事業

式典
 三島市では、平成7年度から市内の中学生を毎年8月6日の広島市平和祈念式に派遣しています。これは、戦争の悲惨さや平和の尊さについて認識を新たにするため行っているものです。
 祈念式への参列のほか、広島平和記念資料館等の見学や原爆供養塔への献花、三島の湧水を平和の泉に献水し、平和への思いを胸に深く刻み込んできました。
 
 それでは、参加者の感想を紹介します。

三島市立北中学校 2年 渡邉 洋子

 平和祈念式前日。平和記念公園に行き原爆について学んだ。最初に見たのは原爆ドーム。どうしてこんな形になったのか最初想像もつかなかった。少し鳥肌が立った。この後広島市長の「核兵器のない平和な世界を目指して」という講演会に行った。原爆の恐ろしさを知った。被爆者の思い。被爆者の体験記などを学んだ。講演会の最後のほうでは原爆のことを書いた本や映画を紹介してくれた。平和についてよく考えさせられる講演会だった。平和記念資料館では昔の広島の様子、被爆前と後の模型、被爆者の遺品などが展示されていた。8時15分に止まった時計。黒こげになった弁当箱。「黒い雨」がついた壁。なぜ罪のない人たちがこのような目にあわなければいけなかったのかと思った。平和祈念館では平和祈念・死没者追悼空間と体験記閲覧室に行った。追悼の空間に行くまでのスロープには原爆投下までの経緯や被害についての説明が書いてあった。この場所はとても静かな空間だった。こんなに静かな場所があるのかと思うぐらいだった。閲覧室では被爆者の多くの方々の体験記を読んだ。とてもつらい思いをしたのだなと読んでいてわかった。
 平和祈念式当日。前日の夜中までかかって折った百羽づるを持って式場に向かった。とても多くの人が来ていたので少しびっくりした。記念公園内ではさまざまな意見を持った人たちが署名活動などをしていた。祈念式では多くの国の方々も参加した。黙とう、平和宣言と続き、最後にひろしま平和の歌を合唱し、閉式した。
 私はこの研修に参加して、今まであまり考えたことのない「平和」について多くのことを学んだ。この研修をスタートとして、これから先、もっと原爆と平和について考えていきたい。

三島市立錦田中学校 2年 池神 穂奈美

 私は広島市平和祈念式中学生派遣事業に参加してたくさんのことを学びました。言葉では伝えられないような物が数多く広島平和記念資料館にあったのを見て広島での原爆の出来事が伝わってきました。展示物の一つ一つがどんな苦しみ、悲劇かを教えてくれました。その展示物の中に原爆で使われていた爆弾の模型がありました。この原爆からは熱線・爆風・放射線の三つが発生し、たくさんの人々が亡くなり、広島の都市の風景や周りの一面がなにもない状態になってしまいました。見ているとそこに自分がいるみたいに感じました。
 市長講演会では、市長さんが原爆のことを詳しく話してくれました。折鶴による平和の循環や被爆者のメッセージ、アメリカの哲学者ジョージ・サンタヤーナの言葉、被爆者の三つの功績、広島の復興・再生、被爆体験を未来に伝えるなど話してくれて広島についてあまり知らずにいた私は、広島が何をしようとしているかが少し分かりました。市長さんの話の中に核兵器を作っているという話があり、どうしてまだ作っているのか疑問に思いました。
 式典ではこども代表として広島のことを語り、平和への誓いもしていました。子供はこのことを知らないではなく知らなくてはならないので広島の人たちは「この日を忘れない」というメッセージが感じられました。私もそれを学んだので、そのことを少しでも伝えていき広島での出来事がまた繰り返されないようにしていきたいです。

三島市立中郷西中学校 3年 山部 詩歩

 広島平和祈念式に参加して、広島の平和な町を一瞬で焼け野原にし、沢山の人の命を奪った原子爆弾について、いろいろと知ることができました。
 そして、平和記念公園の中の沢山の折り鶴を見て世界中の多くの人々が核兵器の廃絶を願っているのに、なぜ世界から核兵器がなくならないのかとても疑問に思いました。しかも、世界には核兵器の廃絶に反対している国が三カ国もあることに、私はとても驚きました。なので今、世界中で唯一の被爆国に住む私達は核兵器の廃絶に反対している三カ国も含めた、世界中の人々に一日も早い核兵器の廃絶を訴えかけていかなければならないと思いました。
 また、私は身近な人から核兵器の恐ろしさや、広島に投下された原子爆弾の被害についてなどを伝えていきたいと思います。

三島市立山田中学校 2年 青山 佳奈子

 私は、今年の平和祈念式に参加できてとても良かったです。普段の生活では、体験できないことをたくさんすることができました。8月5日に行った資料館などでは、原爆で起こったことのすごさを、展示物が物語っていました。展示してある物の全てが、とにかくすごくて、やっぱり平和なことは大切だと思いました。広島の市長さんの講演会では、被爆者の思いは、今でも強いのだと思いました。今、被爆者の平均年齢が75歳をこえて、私たちのように、原爆の悲惨さを知らない人たちに伝えてくれる人が減っていってしまうと思うと、自分も知らなかったけど、悲しいです。なので、今度は、被爆者の方に教わった私たちが、伝えていこうと思います。
 6日の平和祈念式では、とても暑かったけど、その暑さに負けないくらい、参加者の思いが強くて、今でも、こんなに大切にされているのだと感動しました。中学生などの参加者は、とても多くて、北海道から来ている人もいました。広島の小学生の「平和への誓い」はとても力強くて、参加者の胸に深くきざまれました。黙祷の時間では、それまでざわざわしていた会場が、一瞬で静かになって、参加していたほとんどの人が、手を合わせていました。放鳩では、黒い鳩に混ざって、平和の象徴とも言われる白い鳩も飛んでいきました。
 今回の体験は、とても貴重だったと思います。なので、平和を守るためには、絶対に戦争をやってはいけないと改めて思いました。

三島市立北上中学校 3年 添田 瑠璃

 今回の広島派遣事業での2日間はとても、家にいては知ること、感じることのできないような有意義なものでした。
 向こうでは見るもの、聞くもの1つ1つに刺激や驚きを感じましたが、主には広島市平和祈念式派遣事業ということで、1番多くのことを思ったのは平和記念公園です。平和記念公園には式典会場他にも2つの資料館がありました。それぞれ、目をそらしたくなるような写真や遺品ばかりで、正直怖かったです。現実のこととは少し思えない部分もありました。置かれていたもの、例えば被爆者の全身火傷をおった写真、はがれた皮膚、例えば黒こげのお弁当…。それから被爆後の広島の360°の写真。その写真は特に、印象が強いです。本当に何もない写真です。見わたす限り何もなくて、黒く焼けた跡ばかりの写真。もし、もしだけれど、三島にも落ちたら、こんな風に本っ当に何もなくなって誰もいなくなってしまうのかなと想像すると本当に、今、色々な国にあることが怖く思いました。
 それから、何故かよく覚えているのは公園にいた多くの人たちです、外国人、小学生、お坊さん、同年代の子、市長、総理…。ある小さい子は資料館で、お母さんに怖い、と言ってしがみついていました。ある警官は碑の前で黙って静かに敬礼をしていました。あるお祖母さんは家族3代で、碑の前で祈っていました。そんな人たちを見ていて、少し切なくなると共に、年代や状況、立場によって感じ方も違ってくると感じました。そして特にそれを顕著に感じたのはデモ活動を行う人達でした。公園ではいくつもの団体がビラを配り呼びかけをしていました。ビラの内容は本当に興味深いものが多く、例えば原水爆禁止集会の呼びかけ、福田総理の式典参加反対デモ、9条維持デモ、日帝批判など…。本当にたくさんの考えの人が集まっていました。私もそれを読んで、これはおかしいだろとか、そうだよなぁとか思うことは多かったです。でも、そこにいる人みんなが、平和を本気で願っている。願っているだけじゃなくて動いている。そんな場所であり、デモの人たちも、もちろんそんな人たちばかりでした。本当に刺激を受けました。平和でいたかったら、平和にしたかったら、本当に全力で自分たちが訴えないといけないのだなと思わされました。
 現在、核廃絶決議というのをアメリカ、北朝鮮、インド以外の国は全て支持しているそうです。また、記念公園には本気で(地球を7回壊せる)核を全部なくそうと思っている人、活動している人もたくさんいました。
 なのになんで今、どうにもなっていないのか本当にもう不思議なくらい多くの人が。本当に。誰もなくしたいものなのにそれでもまだ足りない。それこそ、全ての人が動くくらいじゃないと変わらないのだと痛感しました。
 この2日間で、戦争や核が、昔のこと、他の国のことじゃないことを実感しました。中学生のうちにこういう機会を得ることができてよかったです。私もできることを探さないと、と思います。

三島市立南中学校 2年 島田 和哉

 「1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の大量殺りく兵器である原子力爆弾が広島に落とされ、その3日後、今度は長崎に落とされた。これによって広島ではおよそ14万人の人が死んで、今でも苦しむ人がいる」この話を小6のときに聞いたときは、ただ「へぇ~」としか思わなかった僕。それが広島に行って、見方が変わったように思う。8月5日、広島について、原爆ドームを見た僕はこの原爆の恐ろしさに気づき、ホテルに帰った後、「これが同じ人間のしたことなのか…」と気づくとベッドの中で泣いていた。6日当日、僕は祈念式での、広島市民のこのことを世界に広めて、世界平和につなげようという気持ちが63年たった今でも根強く続いていることを感じた。
 しかし、今では、日本の近くにある北朝鮮も核の実験をしたり、軍縮は進んでいないという現状には不満を持つようになった。つい最近、ロシアとグルジアでも戦争が始まってしまった。「もうやめて!!」と言っても自分一人の力では止められない。しかし、一人の力は小さくても何人も集まれば何かを止められるはず。今、それを広島でも進めていることが秋葉広島市長の話から分かった。人の生活や、そのものを奪う戦争や武器はこの地球上から姿を消さなくてはいけない。それには、国に「おねがい!!」と言わずに人々が集まってそれを止めさせたりしなくてはいけない。それを武力で止めようとする国は、単なる自己中にしかならないのだ。そう僕は感じた。
 僕は広島に行って、このあってはならないことを繰り返さないと同時に日本人としてこの原爆の恐ろしさを世界の人々に伝え残していく必要があると実感した。次は自分たちがこのことを背負っていかなきゃと思った。

三島市立中郷中学校 2年 石野田 圭

 平和祈念式典に参加して一番心に残ったこと、それは「こんな思いを他の誰にもさせてはならない」という被爆者たちの思いだった。それほど原子爆弾は残酷な兵器だったのだろう。
 実際に資料館に行ってみると、とても痛々しい写真がたくさんあった。こんな被害をもたらす兵器を持っている国がまだあるなんで信じられない気持ちになった。
 式典には日本の人々だけでなく、多くの外国人も参加していた。平和を願うために日本まで来てくれていることを知り、日本だけでなく世界中で平和を願っているのだと思うと、その人たちに感謝したくなり、また、ほっとした。
 被爆者たちの思いを実現させるため、世界中に核兵器・戦争の廃絶を呼びかけていかなければならない。そして、世界で唯一の被爆国である日本しか、核兵器の本当の悲惨さを伝えることができないと思う。広島・長崎の被害を二度と繰り返さないよう世界から核兵器を廃絶し、世界平和に貢献できるようにしていきたい。



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