平成21年度広島市平和祈念式中学生派遣事業

式典
 三島市では、平成7年度から市内の中学生を毎年8月6日の広島市平和祈念式に派遣しています。これは、戦争の悲惨さや平和の尊さについて認識を新たにするため行っているものです。
 祈念式への参列のほか、広島平和記念資料館等の見学や原爆供養塔への献花、三島の湧水を平和の泉に献水し、平和への思いを胸に深く刻み込んできました。
 
 それでは、参加者の感想を紹介します。

三島市立北中学校 2年 吉野 克基

 64年前の広島に引きこまれていきそうな広島平和記念資料館、原爆の恐怖を生々しく伝える原爆ドーム。どれも嘘だろと思うものばかりだったというよりも、嘘であってほしいようなものしかなかった。なかでもケロイド症状の人達の写真はうけとめなきゃいけない真実だけれど、目をおおいたくなるようなものだった。
 前日の資料館のことが頭のなかに鮮明に残っているままむかえた平和祈念式典。テレビで原爆のことを見たりするのとはまた別のようなもので、より現実的で、あらためて命の尊さと戦争の悲惨さについて学ばせてくれる貴重な式典だった。
 この広島のことをとおして、大量の人が一瞬にそして無差別に殺されることなど、もう二度とあってほしくないと強く思った。
 亡くなった方々へ一言、ご冥福をお祈りします。

三島市立錦田中学校 1年 川口 夏樹

 今回の体験では本当に命の尊さや戦争のみにくさを考えました。資料館で見た、たくさんの遺品は原爆のおそろしさを物語っているようでした。原爆のような一瞬でたくさんの尊い命を奪ってしまう物は、もう絶対に使ってほしくないし、持ってほしくないと願っています。広島市長がオバマ大統領の核はいぜつを支持する内容の演説をしていましたが、私も核兵器の無い平和な世界が必ず実現する事を広島を訪れて改めて強く感じました。
 今回はこのような、広島へおとずれる機会をあたえてくださった事に本当に感謝しています。ありがとうございました。

三島市立中郷西中学校 2年 林 愛子

 私は今までにも、八月六日の朝、サイレンが鳴ると「原爆の日だ。」と思うことがあり、いつか広島に行ってみたいと思っていました。
 三島市平和推進事業に参加することができ、色々な貴重な体験をすることができました。原爆ドームは思っていた以上に壊れ方が酷くて驚きました。平和資料館では、当時の品々を見ることができ、改めて原爆や戦争の悲惨さを知ることができました。私と同じくらいのとしの人やそれよりもちいさな人も多く犠牲になっていることが分かりました。また、私達には、目を背けてしまいたくなるような写真も数多くありました。そんななかでも、なんとか生きていこうとする体験記を拝見して、「自分たちだったらどうするのだろうか。」と思いました。今、私達がどれだけ平和な世の中で暮らしているのか、思い知らされました。
 今でも世界中で戦争が起こり、核実験が行なわれています。1日でも早く世界中から戦争や核兵器がなくなる日がきてほしいです。
 広島に行って学んだことを友達等に伝えていけたらいいと思います。

三島市立山田中学校 1年 杉田 千恵

 原爆ドームを見て思ったことは、<恐ろしい>それだけだった。恐ろしすぎて、はなす気にもなれず、ただじっと見ていた。それからハッと我に返り、この恐ろしさを多くの人に伝えなければいけないと思い、写真におさめた。原爆ドームからは「苦しい。」「水をくれ。」という声が聞こえてくるようだった。レンガは砕けて散らばり、広島県産業奨励館という名前には思えないものになっていた。広島平和記念資料館では自分が思っていたよりも恐ろしく、悲しいことがおきていたことを知り、自分の考えの甘さに気づいた。全身にやけどを負った男性、とけてくっついているビン、食べ物に思えないほどに焼け焦げた弁当、そして広島を壊した「リトルボーイ」の模型。あの時を再現したジオラマを見たときは、思わず鳥肌が立った。しかし、1945年の8月6日、8時15分にはもっと恐ろしい「この世の地獄」という光景が広がっていたに違いない。それなのになぜまだ世界には核弾頭をもっている国があるのか疑問に思う。私が生きている間に核兵器が地球上から姿を消し、もう2度とこのような過ちをくり返さないよう願っている。その日の夜は、みんなで協力し、夜おそくまで鶴を折った。
 8月15日、私達は平和祈念式に参加した。平和記念公園には色々な考えを持った人たちがいて、ビラをくばっていた。どのビラも内容は違うものの、この国を、世界を平和にしたいという同じ想いだと感じた。平和への誓いで、こども代表の二人が言っていたことがいんしょうに残っている。「話し合いで争いを解決する、本当の勇気を持つために、核兵器を放棄する、本当の強さを持つために…。」決して核兵器を持っている国が強いわけではないと、改めて感じさせられた。
 これからは私達若い世代の人も世界の国々の歴史を知り、真実に目をそむけずに本当のことを伝えていかなければいけない。過ちをくり返さないために…。

三島市立北上中学校 2年 添田 滉真

 僕は広島に行って、平和の大切さに改めて気づきました。
 広島平和記念資料館では、鉄板やガラス瓶の変形した物や溶けてしまった物がありました。他にも、被爆者の写真はとても悲惨でした。例えば体が黒くなってしまった人や、それだけでなく、ケロイド(関節に運動障害などをもたらす)や潰瘍などの病気になってしまった人の写真もありました。広島に投下された原爆は、ウラン235という核分裂物質が2つの塊に分けられてあり、一瞬で沢山の命が失われました。
 資料館では他にも、佐々木禎子さんという方の、生まれてから被爆して亡くなるまでを知ることができました。この方は2歳の時に爆心地から約1.7kmしか離れていないで被爆しましたが、無傷でした。そして元気で活発な子で運動会のリレー選手で活躍するなど、運動神経のいい子でした。しかし小学六年の秋に白血病になってしまいました。でも、禎子さんは、折り鶴を千羽折れば病気が治ると聞き、ずっと折り続けましたが、同じ年に12歳で亡くなってしまいました。僕はこれを知り、原爆は投下された後でも恐怖があり、今でもその影響があって苦しんでいる人がいるのだと思いました。
 原爆が投下され、沢山の命を失ってしまったことはとても悲しいことですし、世界で初めて原爆が投下された国として、そしてその国民としてもう二度とこのような事が無い世界になってほしいです。

三島市立南中学校 1年 栗原 崇

 僕は広島での平和祈念式に参列して、原子爆弾は一瞬で大量の人や建物をなくしてしまい、人々の生活にとても危害をあたえてしまうことがわかりました。そして、人々に障害をあたえていつまでも被爆者を苦しめることから、世界中にある全ての原子爆弾をなくしてほしいと思いました。また、資料館での被爆者の持ち物や被爆者の焼けた体の様子を見て、原子爆弾の威力は怖いとも思いました。
 この広島市に派遣されて、原子爆弾の威力や怖さ、そして戦争をせず平和に生きることの大切さを体験できました。このことから、ただ普通に生きていられたり、戦争が起こらないことに常に感謝して、命を大切にしながら生きていきたいと思いました。

三島市立中郷中学校 2年 長篠 優二

 今回、この広島派遣事業での2日間は、平和について考えさせられたとても貴重な経験になりました。平和祈念式典前日、原爆について学びました。最初に見たのは、原爆ドームです。実際に見ると、写真で見るよりも原爆の悲惨さが伝わってきました。原形がわからないほどに大破した姿を見て、僕は一瞬にしてこの様にしてしまう原爆に改めて恐さを感じました。この後、広島平和記念資料館に行きました。ここでは、被爆前と後の広島の模型や、原爆で焼けた被害者の遺品、そして「黒い雨」の壁などが展示されていました。その中でも特に印象に残っているのは、皮膚が焼けただれた人形でした。なぜ、一般の人が、この様なひどい目に遭わなければならないのか、とても悲しく思えました。平和祈念館では、体験記閲覧室と死没者追悼空間へ行きました。追悼空間スロープの途中では、原爆投下までの経緯や被害の概要について書いてありました。この場所は物音一つ聞こえないほど静かでした。中央に配しているモニュメントは、原爆投下時刻の「8時15分」を表していました。閲覧室では、被害者の体験記を聞いて、とてもつらい思いをしていたのだと思いました。
 平和祈念式当日、夜遅くまで一生懸命折った130羽鶴を持って会場へ行きました。会場は驚くほどの人が来ていました。祈念公園内では、沢山の人々が演説やビラ配りなどをしていました。祈念式では、8時15分に1分間の黙祷、そして平和への誓いをし、広島平和の歌を合唱して、閉式しました。その後、戦時中水などを飲めなかった人達のことを考えながら、献水や献花をしました。 僕は、この研修に参加して、色々な体験をすることができました。そして、「平和」について考えることもできました。これをきっかけに、これからも平和の大切さや、原爆の恐ろしさを伝えていきたいと思います。