平成23年度広島市平和祈念式中学生派遣事業

式典
 三島市では、平成7年度から市内の中学生を毎年8月6日の広島市平和祈念式に派遣しています。これは、三島の将来を担う若い人たちが戦争の悲惨さや平和の尊さについて再認識した思いを口コミ等で広く伝えられる人になってほしいと願うためです。
 祈念式への参列のほか、広島平和記念資料館等の見学や原爆供養塔への献花、三島の水を平和の泉に献水し、平和への思いを胸に深く刻み込んできました。
 
 それでは、参加者の感想を紹介します。

三島市立山田中学校 3年 齋藤 峻

 フクシマがおこったこの時期に貴重な経験をすることができました。  その一つは、被爆者と直接話をすることができたことです。その方は、自分達被爆者は自分の体験や平和への思いを次世代そして世界中に伝えなければならない。そして、次世代をになう若い人達は、被爆者からその体験や平和への思いを学び、そこから自分で考え、実行に移すことが必要であるといっていました。その方にとって、つらい過去を振り返って話すことは、相当な苦痛でもあるはずですが、話してくれたのは、被爆体験を次世代に伝え、風化させまいという強い思いからだと感じました。ヒロシマ・ナガサキから66年たった今も地球上には約2万発もの核弾頭があります。そんな核弾頭にいつ「想定外」が起きても不思議はありません。兵器の老朽化やテロ多発などそのリスクは増しています。そして、被爆者の高齢化も進んでいます。このような今こそ私たち若者が被爆者の思いを継承し、発信していく時です。今回、広島に行ってきて、あたりまえの生活がどれだけありがたいことか、改めて感じることができました。  戦争をはじめるのは人間です。核をつかうのも人間です。人間が起こさなければ、つかわなければ世界中で苦しむ人が減ります。  人間には言葉があります。人間には感謝の心があります。人間には思いやりの心があります。そして、人間には平和を望む心があるはずです。  私たち今を生きる人達には、人間の手で作りだした苦しむ人々を助ける義務、過去にした過ちをくり返してはならない義務があります。

三島市立北上中学校 2年 鎌野 喜一

 ぼくは今回、広島に行って、貴重な体験がたくさんできました。  まず1つ目は、間近で原爆ドームを見たことです。原爆が落ちた時、周りの物や人が一瞬で吹き飛ばされてしまったのに、原爆ドームが残っていたのはすごいと思いました。資料館では、原子爆弾のしくみや落ちた時の様子などを知り、自分が思っていたよりも、写真を見て、原爆のひさんさが分かりました。  2つ目は、平和祈念式に参加したことです。菅首相、たくさんの国の人々、被爆した人たちが来ていて、とても驚かされました。  被爆した人たちの話を聞いて、3月11日の東日本大震災の原ぱつ事故を思い出しました。放射能の被害が出て、人や農作物に影響したことで、静岡県に住んでいることで、自分も関係あるんだなと思いました。2度と同じことが起こらないよう、そして、原子力発電に頼らない世の中になってくれればいいなと思いました。

三島市立中郷西中学校 2年 髙橋 優斗

 僕は広島平和祈念式に参加して、被災された人々の苦しみや悲しさが伝わってきました。同じ人間どうしで苦しめ合い、殺し合わなければいけなかったのでしょうか。たった一発の原爆でどれだけの人が死亡してしまったでしょうか。その一発ですべてを失ったでしょうか。あまりにも残酷で信じられません。  日本は唯一、原爆を受けた国であります。今現在、核を持っている国にうったえなければなりません。国々は互いの国と理解を深め合い、共に生きていけば、戦争もいらず、核もいらなくなり、人々の大きな苦しみ、痛み、悲しさもすべてなくなります。そして、平和な世界になります。その国々の長所をのばし、世界で活用しあい、互いに高めあえば、どんなにすばらしい世界になるでしょう。  今、まだそんな平和でないが、いつかそのような日が来るのを待つのではなく、自分自身が作りだしていきたいと思う。

三島市立南中学校 2年 長澤 雄馬

 今年3月11日、東日本大震災が発生しました。その惨状を目の当たりにし、呆然としました。すぐに思ったことは、「今、何をするべきなのか。自分には何ができるのか」ということでした。  それは、限りある資源を大切にすること、自分や周りの人々の命を大切にすることだと思いました。まだまだ、大変な状況の中、今回、広島市平和祈念式に参加させていただき、この2日間で見たり聞いたりした中で感じたことは、「今、自分が普通の生活を当たり前に送っていることが、どんなにありがたいことかということ」です。  なぜ、人間は戦争をしなければならなかったのでしょうか。その手段として原子爆弾が、なぜ使われなければならなかったのでしょうか。  今、東日本を始め、日本中の人達が放射能のために苦しんでいます。この困難に全ての人々がどう立ち向かっていくべきか考えなければならないと思います。「平和への誓い」の中で、「未来を作るのは人間です。互いに理解し合い平和の大切さを伝え合うことができます。」とあります。僕達がするべきことを身近な人々と考えていきたいと思います。

三島市立中郷中学校 2年 長篠 諒二

 僕は今回この広島市平和祈念式に参加して、多くのことを学ぶことができました。  まず、今も残っている原爆ドームを見て、66年前、広島に落ちた原子爆弾がどんなに恐ろしい物かを実感することができました。この原子爆弾によって約14万人の人が亡くなり、広島の町は何もかもなくなってしまったかと思われました。しかし、広島は、今66年前のことが想像できない位、平和になったように見えました。このようになったのも原爆が落ちた後、広島の人々が希望を捨てずに生きてきたからです。どんなに苦しいことがあっても立ち上がるという姿勢に感動しました。  しかし、僕たちは、このような悲惨な出来事があったことを忘れてはいけないと思いました。今でもまだ被爆し、苦しんでいる人や大切な人や家を失った悲しみを持った人がいます。今回、広島に来て、祈念式に参加し、戦争で亡くなった人のことがよく分かりました。祈念式では66年前に何があったのかを伝えてくれました。  僕は原爆を体験したことはないけれど、このような出来事があったことを知らない人に伝えていきたいと思います。

三島市立錦田中学校 2年 深澤 麻由佳

 私は今回、広島市平和祈念式に参加して改めて平和の大切さを感じました。  最初に行った原爆ドームはテレビや雑誌で見たことはあったけど、生で見るのは初めてでした。負の世界遺産にもなっているその建物はボロボロになっていて戦争の怖さを訴えているようでした。  次に行った国立広島原爆死没者追悼平和記念館では、体験記閲覧室で映像を見たり、情報展示コーナーで遺品などを見ました。情報展示コーナーで放送していた映像の中に、被爆した同級生を背負って病院まで運んだという話があり、その優しさに心を打たれました。  最後に行った広島平和記念資料館では、たくさんの資料を見て、嫌でもその被害の大きさや、被爆者の辛さが伝わってきました。特に、爆発後に放射性物質を含んだ黒い雨が降ったということを聞いてびっくりしました。  そして六日に行われた広島市平和祈念式。市長さんや子供代表の方の話を聞いて納得できることがたくさんありました。その後、献花をするために並んでいた時に、隣に並んでいたおばあさんから話を聞きました。その方自身も被爆をされた方で、今も後遺症で苦しんでいると言っていました。たくさんの被爆された方々、平和を祈っているみなさんの気持ちを無駄にしないためにも、周りの人に戦争の怖さを伝えていきたいです。  世界には戦争をしている国がまだまだたくさんあります。また、日本でも三月十一日の東日本大震災によって起きた原発の事故で苦しんでいる人がたくさんいます。まだまだ平和な世界とは言いがたい時代だからこそ、一人一人が戦争や核の怖さについて真剣に考えることが大切だと思います。一日でも早く平和な世界になることを祈って…

三島市立北中学校 1年 飯嶋 優馨

 私は広島に行き、平和について考えてみたいと思っていました。実際に広島に行って、話を聞いたり、原爆ドームや資料館等を見学すると、14万人もの方が亡くなられたほどの悲惨さだったのだという事が分かりました。重い火傷を負い、亡くなられた方が多くいらっしゃったという事は聞いた事がありました。しかし、その時は元気でも、じょじょに病気が発症し、つらい思いをされた方もいらっしゃったという事を知りました。その病気とは、放射線によるものでした。3月11日に起こった東日本大震災の影響で福島県の原子力発電所から大量の放射線が放出され、今も日本中の人々が不安になっています。放射線は目に見えないこわい物質です。  人々を不安にさせるこのような出来事は二度とくり返してはならない事だと思います。平和な未来をつくるために、今、私に出来る事は、“平和とは何か”考える事だと思います。そして、将来、私たちが平和な日本や世界をつくるために行動していく事が大切だと思います。  将来、一緒に未来をつくっていく同級生や同じ中学生にも、この二日間でしたような体験をしてもらい、平和についてみんなで考えていけたらいいなと思います。