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古代政治の中心地は三島(奈良・平安時代)

   
西暦645年、大化の改新によって天皇を中心とした新しい国づくりが始まり、701年大宝律令の制定によって中央集権的な国家ができあがりました。
680年、伊豆は験河国から分かれて独立しました。国の中心であるいまの県庁にあたる、国府の位置については明らかではありませんが、 平成元年に三嶋大社の境内から発掘された掘立柱の建物跡が注目されました。
そこは三島の中心で、田方郡内であり、中世の文献に記されているように三嶋大社の近くです。そこで「静岡県史」ではこの遺跡を伊豆国府跡の一部と推定しています。

 



伊豆の国府跡か? 三嶋大社境内遺跡    .

   

  
田方の郡衙(ぐんが)跡か?中島遺跡

中島遺跡からは、64軒もの住居跡が発見されました。規模の大きな掘立柱建物跡が集中し、奈良、平安時代の祭祀(さいし)遺物や木簡(もくかん)、墨書(ぼくしょ)土器などの文字資料が出土することから、伊豆国田方郡の役所(郡衙)跡と「静岡県史」では堆定しています。
 


役所で執務する役人

   
竪穴(たてあな)住居にカマドや貯蔵穴が登場(古墳時代) 人々の住居はそまつな堀立柱の竪穴(たてあな)(奈良・平安時代)

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