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縄文人の狩猟、採集地か 観音洞(かんのんぼら)遺跡(縄文時代)

   

縄文時代の遺跡は市内に約70箇所あります。 その中で縄文早期の住居跡10数基を発掘した佐野の乾草(ほしくさ)峠遺跡、 中期から後期の土器群や石器を多量に出土し、箱根西麓最大級の遺跡といわれた史跡千枚原(せんまいばら)遺跡。 後期の土器、石器がまとまって出土し、敷石住居跡の多い地域として著名な、 北山(奥山)遺跡等は貴重な資料を提供した代表的な縄文時代の遺跡です。  

乾草(ほしくさ)峠遺跡の住居跡

 

 

縄文土器

狩猟用石鏃(ぞく) (やじり)



装身具

観音洞遺跡の住居跡


縄文土器は、およそ600〜800度の温度で焼かれた素焼きの容器で、中期になると装飾も立体的、躍動的となります。
しかし水が漏れては役にたたず、そのため内面もていねいに仕上げてあります。
   
土器と弓矢が登場(縄文時代) 河川の流域で米づくりが始まる(弥生時代)

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