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河川の流域で米づくりが始まる(弥生時代)

   

稲の収穫法はいまと違って、稲の穂先だけ摘み取るものでした。石包丁(いしぼうちょう)を使って摘み取り臼(うす)にいれられた籾(もみ)を二人で杵(きね)でついたのです。
そして米は直接、かめ形土器に入れて炊いて食べていたと思われます。

 

円形が弥生時代の住居跡(夏梅木遺跡)

 左の弥生住居跡を見学する市民(平成2年)
    
縄文人の狩猟、採集地か 観音洞(かんのんぼら)遺跡(縄文時代) 弥生式土器はツボとカメが中心(弥生時代)

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