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弥生式土器はツボとカメが中心(弥生時代)

   
弥生時代になると、稲、ムギ、アワ、ヒ工、キビなどの穀類の栽培が始まりました。 三島での弥生人の集落はおよそ2,000年前の中期後半になってからでしょう。
箱根の台地にあった縄文時代の集落は消え、平地の境川や御殿川流域が新しい集落の拠点となります。 安久や青木、二日町、夏梅木、中島、御園、中、松本、川原ヶ谷などです。
米の推定収穫量は現在の5分の1以下です。したがって畑作での穀類の栽培も大切な仕事でした。
 

  壷(つぼ)と甕(かめ)が中心で、他に鉢や高杯(たかつき)なども作られました。壷は物を蓄える容器でいろいろな文様がつきます。甕は湯をわかしたり食物を煮たりするのでススが付着しています。
 
 
  方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ) 青木遺跡
方形の溝を周囲に堀った墓で、中央が遺体を安置した穴です。このような墓は集落の中でも限られた人たちの墓です。

 
   
河川の流域で米づくりが始まる(弥生時代) 市内最古の古墳は五世紀末(古墳時代)

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