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明治元年6月三島は韮山県に(明治時代)

   
民衆の「世直し」への動きは、慶応3年(1867)の夏に始まりました。ええじゃないかの乱舞は、宗教的民衆運動として討幕運動にも影響を与えました。三島には10月に金塊やお札が降り、人々は三島明神へ繰り出したようです。12月には江戸幕府が廃され、新政府ができました。
しかし江戸が東京となり、年号が慶応から明治に変わっても、庶民の暮らしに大きな変化はなかったようです。

 

 
   
   学制が制定される
三島では、明治5年5月に「開心庠舎」(かいしんしょうしゃ)という学校が開校しました。同年8月に、国の学校制度ができました。そこで明治6年に、開心庠舎を「三島黌(こう)」と校名変更して開校、三島の学校が誕生したのです。
写真の「三島黌」は、太政大臣三条実美の書です。(郷土館蔵)

   
   
   100年の歴史を誇る 中央幼稚園
明治22年2月3日、三島町立尋常小学校付属幼稚園として創立されました。写真は明治期の卒園記念です。

   
いまに生きる江戸時代のおもかげ(江戸) 三嶋大社再建される(明治時代)

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