昭和5年(1930)11月26日(4:02)、函南町軽井沢(かるいさわ)付近を震央として、伊豆半島北部を縦断する丹那(たんな)断層の出現、地面の亀裂、隆起、陥没、山崩れ、崖崩(がけくず)れ、山津波など、多くの地変が現れる大地震となりました。被害は静岡、神奈川両県に及び、人畜、家屋、農耕地などの被害は著しいものがありました。(静岡県の被害、死者260人、負傷者1,209人) このとき三島では、11月7日以降頻繁(ひんぱん)に発生する前震におののいているとき、ついに11月26日の大烈震(だいれっしん)となり、広小路以東が莫大な被害を受けました。(西は、比較的軽微に済んだという状況でした。) 関東大震災では、住民が一丸となって避難者救援に当たりましたが、今回は救助される身となりました。北伊豆地震の報が伝わると、県の内外から消防隊、青年団、その他各種団体や個人などが続々と救援にかけつけてきました。 また、三島高等女学校に労力奉仕団派遣協議会が開かれ、三島、中郷、錦田、北上の各地域へ総数8,521人が10日間に分けて派遣されました。これらの人々は、死体の発掘、倒壊(とうかい)家屋の整備、道路の復旧などに献身的奉仕を惜しみませんでした。 その他県内外の医師会などの衛生救護班は、三島衛戍(えいじゅ)病院などと共に、大社前、錦田役場に救護所を設け、傷病者のための無料治療を施しました。
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災害名 |
発生時期 |
人的被害(人) |
住宅被害(棟) |
田畑の被害(ha) |
道路・ガケ崩れ(カ所) |
特 記 |
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死亡行方不明 |
負傷 |
全損 |
半損 |
床上浸水 |
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丑年の大火 |
貞享2年(1685)12月10日 |
不明
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不明 |
652 |
― |
― |
― |
― |
三嶋大社も全焼 |
安政の大地震 |
安政元年(1854)11月4日 |
不明 | 不明 |
1,031 |
47 |
― |
― |
― |
― |
関東大震災 |
大正12年(1923)9月1日 |
4 |
10 |
58 |
90 |
― |
― |
― |
9月1日〜11月30日の間の余震回数1,208回 |
北伊豆地震 |
昭和5年(1930)11月26日 |
25 |
294 |
913 |
2,108 |
― |
― |
― |
11月7日からの前震から11月28日の余震が収まるまでの有無感地震回数は2,595回 |
狩野川台風 |
昭和33年(1958)9月26日 |
1 |
不明 |
― |
6 |
161 |
不明 |
不明 |
― |
七夕豪雨 |
昭和49年(1974) 7月7日 |
1 |
0 |
6 |
14 |
293 |
194 |
121 |
田方地域における被害がより甚大 |
秋雨前線による集中豪雨 |
平成2年(1990)9月15日 |
0 |
0 |
1 |
1 |
102 |
13 |
104 |
大場川氾濫 |
静岡県東部・ 伊豆水害 |
平成10年(1998)8月30日 |
0 |
3 |
3 |
2 |
6 |
8 |
209 |
その他河川58カ所、電気、上下水道などの使用不能が多く発生 |
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