(第264号)宗淵老師の墨跡 (平成22年5月1日号)

 現在開催中の企画展「没後玄峰老大師50年宋淵老大師27年墨蹟展」(平成22年3月9日から6月6日)に併せ、宋淵老師の墨蹟を紹介します。  

 中川宋淵老師は、才学非凡にして語学堪能、また俳句などの芸術にも造詣が深く、不立文字とされる禅にあって俳禅一如の世界を築いたことでも知られる禅僧です。  

 老師は、その人となりがすべて表れているような、多種多様の墨蹟を遺しています。禅語はもちろんのこと、勅題(新年の歌会始めの題)に合わせ作成した俳句を色紙などに揮毫(毛筆で言葉や文章を書くこと)したり、著名な人物が遺した文に自作の俳句を添えたり、今までの形式にとらわれずアルファベットで揮毫した書もあり ます。今回は、その中から二点紹介します。  

一点目は、龍澤寺蔵の「MOOT」という一行書です。  

宋淵老師筆「MOOT」(龍澤寺蔵)
264宋淵老師筆「MOOT」(龍澤寺蔵)

 老師は、海外布教にも尽力されましたが、その功績の一つにイスラエルでの禅指導があります。昭和四十一年(一九六六)東京で世界がん会議が開催された際、イスラエル代表の出席者に禅の指導を懇願されたため、エルサレムのオリーブ山に禅堂を作り、中川球童老師(龍澤寺第十二世)を指導者として派遣しました。宋淵老師自身何度もイスラエルを訪れています。  

 老師は、「ユダヤ教のお祈りの中に『ムート、ムート』というのがある。あれも禅でいう『無―ッ』によく似ていますね」(『蜜多余香』)と述べているように、イスラエルでの布教に当たっては、この「MOOT」がキーワードになっていたのではないでしょうか。  

二点目は、  

禅堂の 中にも舞ひぬ 夕もみち

という書です。山のもみじが折からの風で舞い、その一ひら二ひらが寂然たる禅堂の中にも舞い入って来る様子を俳句で表現しています。さらに、中央に「舞」の一字を大書し、その流麗な書体がもみじのはらはらと舞う様を演出しているようにも感じられます。  

宋淵老師筆「禅堂の中にも舞いぬ夕もみち」(個人蔵)
264宋淵老師筆「禅堂の中にも舞いぬ夕もみち」(個人蔵)
 老師の墨蹟の署名は、「宋渕」、「そうえん」、「蜜多」(老師の室号)、「SOEN」などがあります。書全 体のバランスを崩さないように配慮している場合もありますが、海外の人々に書を贈る際は、「SOEN」と署名するなど、現地人にもわかるよう配慮していました。  

 宋淵老師の墨蹟には、画面に凝縮しきれない世界が見えてきます。自然に問えば自然を語り、俳句が浮かべば、俳句を添える、自由闊達で魅力ある墨蹟です。
【平成22年 広報みしま 5月1日号 掲載記事】