(第109号) ~便利な携帯用太陽暦~ 『懐中要便七十二候略暦』 (平成8年7月1日号)

懐中要便七十二候略暦
 暦が旧暦から新暦に代わったのは明治5年12月3日のこと。この日(明治6年1月1日)から日本でも西洋列強諸国に倣【なら】って、太陽暦を採用することとなりました。しかし、多くの日本人にとって、永年慣れ親しんできた旧暦を忘れ、初めて目にする太陽暦に親しむためには戸惑いと抵抗が少なからずあったものでしょう。

 そこで、太陽暦の良さを知ってもらうために、たくさんの啓蒙書が出版されたり、便利な太陽略暦が作られたりしました。写真の『懐中要便七十二候略暦』も、そうした暦の一つでした。

 明治12年の暦です。縦15㎝、横5.5㎝の縦長で小型の折れ暦に仕立てられています。内容は太陽暦に基づいたものですが、現在のカレンダーのように十二ヶ月に割り振られて日付が記されたものでなく、1月1日の四方拝など国民の祝日、甲子・庚申の日、節分・初午・八十八夜等の雑節、二十四節気と、日の出・入り表、新・満月表、七値表、月頭陽陰比較表、太陰大小表などが別個に掲載された暦となっています。中でも七値表は七曜(日・月・火・水・木・金・土)を中心に日付が配当されたものとなっており、一週間という概念を持たなかった人々に七曜を知ってもらう工夫がこらされています。

 中心となっている暦の内容は二十四節気と七十二候です。各月毎に配された二十四節気の中間に五日ごとに変化する自然現象を書き込んで、太陽暦の日付の進み方と季節感が結びつくようにされています。例えば、1月の小寒と大寒の間には、6日「芹乃栄【せりすなわちさかう】」・11日「水泉動【しみずあたたかをふくむ】」・16日「雉始テ鳴【きじはじめてなく】」とあり、寒さ極まる時季ではあるけれども暦の上ではそろそろ春の動きが始まっていることが理解できます。
 (広報みしま 平成8年7月1日号掲載記事)