三島の町名いまむかし3  国分町(こくぶんちょう)・六反田町(ろくたんだちょう)  (平成20年5月1日号)

 国分町は、現在の栄町・広小路町・泉町にまたがる地域で、江戸時代には蓮行寺(れんぎょうじ)町と呼ばれ、法華宗蓮行寺(現伊豆国分寺)の門前町でした。輿水(こしみず)酒店東側から北へ延びる門前通りは阿闍梨小路(あじゃりこうじ)と呼ばれています。大正時代になって蓮行寺周辺が伊豆国分寺跡の一部であったことがわかり、以後国分町と改称されました。

 六反田町は、現在の西若町・緑町・南町・広小路町・泉町・寿町にまたがる地域で、同じく江戸時代からあった三島宿内の町でした。この地で初めて六反歩(1反歩は約992平方メートル)の水田が開拓されたこと から六反田という町名が付けられたといわれています。日本各地に同様の地名や町名が残されていますが、その地域で最初に開拓された田畑を印象付ける意図があったのではないかとも言われています。

阿闍梨小路から伊豆国分寺を望む
▲阿闍梨小路から伊豆国分寺を望む

【広報みしま 平成20年5月1日号掲載記事】