(第252号)開業40年を迎えた新幹線三島駅 (平成21年5月1日号)

 新幹線三島駅は昭和四十四年(一九六九)四月二十五日に開業しました。現在までの間に観光やビジネス、また、伊豆や県東部の玄関口として多くの人々に利用されてきたことは、皆さんご存じのとおりです。今回は開業四十周年を迎えた新幹線三島駅を紹介します。  

 東海道新幹線は、日本が高度経済成長の絶頂期である昭和三十九年十月一日に開業しました。この年は何といっても東京オリンピックの開催年で、日本全国がオリンピックでわき上がりました。  
 当時の新幹線は現在のように自由席が存在せず、全車指定席の上、「こだま」と「ひかり」には料金の違いがありました。さらには、「グリーン車」や「普通車」ではなく、まだ「一等車」「二等車」と区別されていたのです。  
 新幹線の開業当初、静岡県内の停車駅は熱海、静岡、浜松の三駅でした。その中でも、東部唯一の熱海駅は、伊豆の玄関口として急速に発展し、大いににぎわいました。新幹線の乗降客数は当初の予想を大きく上回り、中でも熱海駅の乗降客は年々三○パーセント以上の伸び率を示していたため、国鉄としては、連結車両の増加と東 京―熱海間の短距離運転列車増発に備えた車両基地を拡充する必要が生じてきました。三島には、開業当時から在来線駅に隣接して保線基地や車両基地、信号場が設けられていました。この車両基地の拡充計画が同時に新幹線三島駅新設の契機となり、具体的な新駅設置の話が持ち上がったのです。  
 余談ですが、当初この車両基地設置にあたっては、停車駅である熱海周辺に基地となる広大な敷地を確保することが地形上の点から極めて困難であったため、候補として挙げられたのが、熱海の次の停車駅である静岡周辺でした。しかし、こちらは国鉄の予想以上に地価が高く、結果的に断念せざるを得なかったことから三島に設け られたという経緯があります。  
 話を元に戻し、新駅設置については三島市民が中心となって設置運動へ発展し、県知事を中心とする静岡県東部地域開発振興会が組織され、請願運動が始まりました。新駅設置にあたり、用地を無償提供し、国鉄より工事費の地元負担(七億五千万円)が課せられました。しかし、三島は明治二十二年の東海道線開通時に取り残された苦い教訓を踏まえ、三分の一を県、三分の一を交通業者、残り三分の一を三島、沼津、田方・駿東郡の十七市町村が市民の協力を得て負担し、新駅建設にこぎつけました。  
 そして、昭和四十四年四月二十五日、新しい伊豆の玄関口として新幹線三島駅が誕生しました。これは同時に新幹線の新駅第一号となるものでした。
 
 十二月には東海道線三島駅も開業七十五周年を迎えます。郷土資料館ではこれらの関連企画展を冬季に開催する予定です
【平成21年 広報みしま 5月1日号 掲載記事】