(第273号)文学作品に見る 三島と富士山 (平成23年2月1日号)

 今月の「静岡県富士山の日」にあわせ、小説や随筆の中に登場する三島と富士山(湧水)にまつわる作品を紹介します。(各作品のタイトル下部は初出年です)

●太宰治『ロマネスク』(昭和九年)  

 富士の麓の雪が溶けて数十条の水量たっぷりな澄んだ小川となり、三島の家々の土台下や縁先や庭の中をとほって流れてゐて苔の生えた水車がそのたくさんの小川の要処要処でゆっくりゆっくり廻ってゐた。  

 太宰は昭和九年夏、三島に一カ月ほど滞在しました。この時に執筆していたのが本作品で、ほかにも『老ハイデルベルヒ』『満願』など、三島を描いた作品があります。

●大岡昇平『 花影』(昭和三十三年)

 丹那トンネルをくぐると、車窓に迫る丘の上に、富士が不意に頭を出した。頂上だけ切り取って見ると、瘤のようにふくれ上った、意外に厳しい形が、近々とのぞきかかった。そして三島へ下るに連れ、豊かな裾野を再び拡げて来る。  

 三島市出身の女性をモデルとした作品です。作品中には三島の街中を流れる富士の湧水や、せせらぎの様子などが丹念に描かれています。

●立原正秋『きぬた』(昭和四十七年)  

 (略)夫とはじめて旅をして戻り三島駅におりたったとき、広大な裾野では風が吹き雲がちぎれ富士はその全容を見せていたが(略)  

 主人公は三島に住む女性となっており、沢地の龍澤寺(作品中では観心寺)など三島ゆかりの場所が頻繁に登場します。特に三島駅から見える富士山や富士の雪解水についての細かい描写が至るところに散りばめられています。

●司馬遼太郎「裾野の水―三島一泊二日の記」(昭和六十一年)  

 ところで、富士の裾野の南東のはしにあるのが、三島という、かつては東海道の重要な宿場町だったまちである。まちには、ゆたかに水が湧き出る。  

 この湧水というのが、なんともいえずおかしみがある。むかし富士が噴火してせりあがってゆくとき、あるいはそのこぶの宝永山が噴火したとき、溶岩流が奔って、いまの三島の市域にまできて止まり、冷えて岩盤になった。  

 『小説新潮』一九八六年二月号に掲載されたエッセイです。このほか文中では太宰治の三島滞在記事や三島駅開業にまつわる話なども登場して、三島を訪れた印象を多方面から語っています。
【平成23年 広報みしま 2月1日号 掲載記事】