歴史の偉人ゆかりの地14 下土狩(しもとがり)駅 (太宰治)  (平成25年5月1日号)

 「私はきわめて怠惰な帝国大学生でありました。一夏を東海道三島の宿で過ごしたことがあります。」

 太宰治の小説「老(アルト)ハイデルベルヒ」の書き出しです。事実、太宰は昭和9年7月末から約1カ月を 三島で過ごしています。

 小説の中の「私」は三島駅に降り立ちます。あたりは暗く三島の街の灯りさえ見えず、聞こえるのは風の音と蛙(かえる)の声ばかり。友人たちを引き連れて三島にやってきた「私」は迎えを待ちながら随分と心細い思いをしたことでしょう。

 ここでの三島駅は今の下土狩駅にあたり、昭和9年12月の丹那トンネル開通に伴い三島の中心街に近い現在の位置に三島駅が開設されました。

 もし太宰の滞在が1年遅かったなら、作品はまた違ったものになったのではないでしょうか。

かつての三島駅(現下土狩駅)
▲かつての三島駅(現下土狩駅)

【広報みしま 平成25年5月1日号掲載記事】