戦後60年と三島  三島と軍隊  (平成17年8月1日号)

 終戦後60年を経過した今年、市民のすべてが戦争の悲惨さ、平和の尊さを再認識し、未来に語り継いでいただきたいと思います。

 三島と軍隊の関係は、明治22年の鉄道開通以降三島が寂(さび)れ、町おこしに軍隊の誘致運動が始まり、大正8年に野戦重砲兵第一旅団・第二連隊が移転し三島衛戌(えいじゅ)病院(国立病院)も開設しました。

 翌年、第三連隊が移転し、昭和9年には新三島駅も設置され、町全体が恩恵(おんけい)を蒙(こうむ)り三島は軍都としてにぎわいましたが、それゆえの悲しみもあったと思われます。

 第二連隊は北中学校の門として、第三連隊は北小学校の門として残り、帰らぬ兵士を戦場に送り出しました。終戦によりこの地は学びの地となりましたが、門と銀杏(いちょう)並木は以前と変わらず、そっと街を彩(いろど)り見守っています。  

【広報みしま 平成17年8月1日号掲載記事】