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国指定 記念物(史跡・名勝・天然記念物)
(記念物 史跡)箱根旧街道
種別 国指定、史跡
よみ はこねきゅうかいどう
員数 1遺跡
所有者・管理者 三島市 他
所在地 三島市、函南町、神奈川県箱根町
指定日 大正11年3月8日、 追加指定 平成16年10月18日
概要
江戸時代の東海道は幕府が整備した五街道のうちで最も交通量の多い陸上交通の大動脈であり、箱根路(箱根旧街道)はその東海道で街道一の難所とされた。幕府は杉・松並木、一里塚を整備し、箱根に関所を設置し、旅人の休泊のために箱根宿や坂地区の五ヶ新田などの宿村を設置、保護した。また、箱根路は赤土の滑りやすい坂道であったため、延宝8年(1680)には街道に石畳を整備した。
三島市域では願合寺地区、腰巻地区、浅間平地区、上長坂地区、笹原地区の5地区で石畳の発掘、復元整備をしており、その他、松並木、錦田・笹原の一里塚を見ることができる。
指定の経過
(1)大正11年3月8日 錦田一里塚、指定
(2)昭和35年9月22日 石畳・杉並木を伴う街道部分(箱根町)、箱根旧街道として指定
(3)平成16年10月18日 三島市・函南町・箱根町の石畳、一里塚、松並木などの街道を追加指定
このとき、(1)~(3)を合わせて「箱根旧街道」とする。
(4)平成21年7月23日 箱根町杉並木のある道路部分を追加指定




写真 発掘された石畳(腰巻地区)、石畳(笹原地区)、松並木、錦田一里塚
(記念物 史跡)山中城跡
種別 国指定、史跡
よみ やまなかじょうあと
員数 1遺跡
所有者・管理者 三島市 他
所在地 山中新田、函南町
指定日 昭和9年1月22日 指定面積 98,183平方メートル
追加指定 昭和54年3月20日 指定面積 19,673.91平方メートル(西ノ丸、西櫓など)
概要
山中城跡は、戦国時代の16世紀半ばに小田原北条氏が築城した山城である。韮山城、足柄城と合わせて北条氏の西方の国境を守ったが、天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めにより半日で落城し、廃城となった。
各曲輪を囲む堀は「障子堀」と呼ばれ、堀の中に障壁を掘り残した形状をしている。現在は史跡の保護のために芝生で覆われているが、本来は赤土がむき出しの状態であり、堀の中に落ちると急斜面で滑りやすく、非常に登りにくいものであった。



山中城跡(空撮)、本丸、西ノ丸の複列の障子堀、発掘時の障子堀
(記念物 史跡)伊豆国分寺塔跡
種別 国指定、史跡
よみ いずこくぶんじとうあと
員数 1遺跡
所有者・管理者 伊豆国分寺
所在地 泉町
指定日 昭和31年5月15日
概要
国分寺、国分尼寺は 天平13年(741)、聖武天皇の詔により全国に造営が命じられた。伊豆国分寺は昭和31年軽部慈恩氏によって発掘調査され、塔の礎石・基壇の跡、西門跡とみられる掘立柱建物跡、瓦などが見つかり、寺域と伽藍が推定された。現国分寺境内に塔跡の8つの礎石が残る。このうち、元の位置を保っているのは北列東側の2個と南列東側の3個である。

(記念物 名勝・天然記念物)楽寿園
種別 国指定、名勝・天然記念物
よみ らくじゅえん
員数 ―
所有者・管理者 三島市
所在地 一番町
指定日 昭和29年3月20日
概要
楽寿園は三島市の中央、三島駅の南側にある。
小浜池を中心とする富士山の基底溶岩の一つである三島溶岩流の末端にあること、その溶岩中から数ヶ所にわたって地下水が湧き出している現象が天然記念物に、この特殊な地形地質に人の手が加わって生み出された美観が名勝に指定された。
指定範囲は小浜池と周辺の瀬、森林部分の26,000平方メートルである。

(記念物 天然記念物)三島神社のキンモクセイ
種別 国指定、天然記念物
よみ みしまじんじゃのきんもくせい
員数 1本
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 昭和9年5月1日
概要
学名は薄黄木犀(ウスキモクセイ)で、樹齢は1200年を超えると推定され、モクセイとしては日本でも有数の巨木である。9月下旬から10月にかけて薄い黄色の花をつける。甘い芳香が特徴で、ときには2里先まで届いたと伝えられる。






