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国指定 国宝・重要文化財(建造物・絵画・彫刻・工芸品)

ページID:0029711 更新日:2026年3月13日更新 印刷ページ表示

 

(重文 建造物)三嶋大社本殿、幣殿及び拝殿

種別 国指定、重要文化財(建造物)
よみ みしまたいしゃほんでん、へいでん および はいでん
員数 1棟
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 平成12年5月25日

概要
本殿、幣殿及び拝殿は流造の本殿と入母屋造の拝殿を両流造の幣殿で繋いだ複合社殿の形式である。現存するのは安政元年(1854)の東海大地震後に再建されたもので、神主矢田部盛治が全国に再建のための勧進を行い、慶応2年(1866)に落成した。境内のその他の建築物も明治元年には再建されている。その後の修理等で床や建具など一部に変更はあるが、諸記録や痕跡から旧規は明らかである。
本殿妻飾や幣殿・拝殿接合部など、各部の形式や細工に趣向を凝らしている。また、上質な欅を用い、素木の美しさと要所に彫刻を配した華やかさを具備している。江戸時代末期の装飾豊かな複合社殿建築として高い価値がある。

国01aa 三嶋大社本殿、幣殿及び拝殿(市01 三嶋大社 舞殿他)
三嶋大社本殿、幣殿および拝殿(後方の建造物)

(重文 絵画)絹本著色日蓮上人像

種別 国指定、重要文化財(絵画)
よみ けんぽんちゃくしょく にちれんしょうにんぞう
員数 1幅
所有者・管理者 妙法華寺
所在地 玉沢
指定日 大正8年8月8日

概要
鎌倉時代末期の作。 日蓮上人・本尊・壇具・武家夫妻が描かれている。絹地に細かい截金、朱、群青、緑青、肌色など謹厳な墨描きとともに鎌倉時代仏画の特色をよく示している。全体に古色を呈しているが、なお美しさと荘厳さを保っている。作者は日蓮に随身した画家、大蔵卿であると伝えられる。

国02aa 日蓮上人像

(重文 絵画)絹本著色十界勧請大曼荼羅図(絵曼荼羅)

種別 国指定、重要文化財(絵画)
よみ けんぽんちゃくしょく じっかいかんじょうだいまんだらず(えまんだら)
員数 1幅
所有者・管理者 妙法華寺
所在地 玉沢
指定日 大正9年4月15日

概要
本図は鎌倉時代末期の作と推測され、日蓮が佐渡へ流されている折の創意による作と伝えられる。この絵曼荼羅は中央上部に「南無妙法蓮華経」の題目を大書し、左右に諸仏や諸菩薩、下部に高僧、武士、日蓮等を描いている。全体に焼けて暗色になっているが、細緻な截金、群青、緑青など美しい色彩も残っており、鎌倉仏画の作例として貴重である。

国03aa 十界勧請大曼荼羅図

(重文 彫刻)木造大日如来坐像

種別 国指定、重要文化財(彫刻)
よみ もくぞうだいにちにょらいざぞう
員数 1躯
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町
指定日 明治32年8月8日

概要
高 92.2 cm、平安時代(12世紀)

大日如来は、密教で世界の中心にいると考えられている仏である。その世界の表現方法として、全体の仕組みを表す「金剛界」と、構成する仏たちの役割を示す「胎蔵界」とがあり、それぞれ仏の形が少しずつ異なる。この像は左人差し指を右手で握る智拳印を結んでいて、金剛界の大日如来であることがわかる。半眼で穏やかな表情、丸みを帯び均整のとれた体躯、このような仏像の姿を「定朝様式」といい、平安時代に京の都を中心に流行した。本像は大阪府河内長野市の河合寺にあり、周辺地域にも都の流行が伝わっていたことがわかる。
(参考 佐野美術館HP)

国04aa 大日如来坐像

(国宝 工芸品)梅蒔絵手箱

種別 国指定、国宝(工芸品)
よみ うめまきえてばこ
員数 1具
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 昭和27年11月22日

概要
源頼朝の妻政子が奉納したと伝えられる手箱。この手箱には化粧道具一式34点が納められ、鎌倉時代の代表的な蒔絵の工芸品で、咲きほこる梅花と飛翔する雁が描かれており、当時の上層階級の風雅が偲ばれる。 現在は東京国立博物館に寄託されている。

国05aa 梅蒔絵手箱

(国宝 工芸品)薙刀 銘備前国長船住人長光造

種別 国指定、国宝(工芸品)
よみ なぎなた めいびぜんのくにおさふねじゅうにんながみつつくる
員数 1口
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町 
指定日 昭和32年2月19日

概要
刃長 44.2 cm、反り 1.7 cmを測る。

長光は鎌倉時代を代表する備前長船(現在の岡山県)の刀工。長船派の祖・光忠の子で、大工房の長として活躍し、同時代では在銘作が最も多く残る刀工である。作風は、父親に似た 華やかな丁子乱れの作から、変化の少ない互の目調のものまで多様である。
薙刀は、鎌倉時代から室町時代にかけて実戦で使われた消耗品であるため、本品のように保存状態がよいものは非常に珍しい。津山松平家に伝来した。昭和63 年(1988)佐藤寛次氏より寄贈。
(参考 佐野美術館HP)

国06aa 薙刀備前国長船

(重文 工芸品)短刀 表ニ三島大明神他人不与之/裏ニ貞治三年藤原友行

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ たんとう おもてに みしまだいみょうじん たのひとにこれをあたえず/うらに じょうじさんねんふじわらともゆきの めいあり
員数 1口
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 明治44年4月17日

概要
南北朝時代の貞治3年(1364)、藤原友行によるもので、長さ34.8cm。

(重文 工芸品)太刀 銘宗忠

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ めいむねただ 
員数 1口
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 明治45年2月8日

概要
鎌倉時代の太刀で、刃長81.8cm、表に「宗忠」の銘がある。明治20年、明治天皇より奉納されたものである。宗忠は鎌倉時代初期、備前福岡一文字派の名工である。 この太刀は平安時代の風調を残し、流麗な反りに気品がただよう。地鉄は澄んで備前特有の淡い映りが立ち、刃文は小丁文字で初期福岡一文字の典型的作風を表した優品である。

国08aa 太刀銘宗忠

(重文 工芸品)脇指 銘相模国住秋義/伊豆三島大明神奉拝佐藤松千代貞成

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ わきざし めいさがみのくにじゅうあきよし/いずみしまだいみょうじん ほうはいさとうまつちよさだなり
員数 1口
所有者・管理者 三嶋大社
所在地 大宮町
指定日 大正9年4月15日

概要
この脇差は南北朝時代、佐藤貞成により三嶋大社に奉納されたもので、刃長37.8cm、秋義の作である。秋義は応安の頃(14世紀後半)に相州鎌倉に住んだ刀匠である。 刀身の地肌は板目肌、刃文は乱刃である。

(重文 工芸品)太刀 銘長元

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ たち めいながもと
員数 1口
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町
指定日 昭和27年3月29日

概要
鎌倉時代末期のもので、刃長74.1cm、加賀前田家に伝来したものである。銘にある長元は鎌倉時代中期に長船派を興した長光の弟子にあたり、この刀は数少ない長元銘を持つものの一振りである。 刃文は小丁字に互の目垣のように一定の間隔でほぼ整然とした乱れを見せる小互の目が浮き出ている。

国10aa 太刀銘長元

(重文 工芸品)秋草文黒漆太刀 中身銘豊後国行平作

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ あきくさもんくろうるしたち なかみ めい ぶんごのくにゆきひらさく
員数 1口 
所有者・管理者 佐野美術館 
所在地 中田町
指定日 昭和28年11月14日

概要
拵総長 122.0 cm、太刀刃長 76.6 cm。「秋草文黒漆太刀拵」と表記されることが多い。

黒漆太刀は鞘、柄、金具をすべて黒漆で塗り込めた拵で、平安時代から室町時代まで実戦用として最も一般的に使われた。この拵は、鞘に大きな三日月が銀鈿でデザインされ、鐔は鉄の丸形、金具は黒い赤銅に繊細な秋草の毛彫りがあり、柄と渡巻には金茶色の糸を巻く。戦国武将上杉謙信の所用と伝えられ、持ち主の好みを表している。中の太刀は、鎌倉時代初期の豊後国行平の作。
(参考 佐野美術館HP)

国11aa 秋草文黒漆太刀01国11aa 秋草文黒漆太刀02

(重文 工芸品)刀 朱銘義弘(名物松井郷)/本阿(花押)

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ かたな しゅめいよしひろ めいぶつまついごう/ほんあ かおう
員数 1口
所有者・管理者 佐野美術館 
所在地 中田町
指定日 昭和29年3月20日

概要 
刃長 69.4 cm、反り 1.6 cmを測る。「松井郷」は「松井江」とも称される。

義弘は、正宗と同門と伝える越中松倉郷の名工。在銘作は現存せず、伝世する作も非常に少ないが、室町時代の刀剣書『往昔抄』に銘のある茎が掲載され、当時から名工として知られていた。この刀は、小板目の極めて細かく精美な地鉄に、直刃はを焼く。刃には澄んだ円い沸が深く輝き、冴え冴えとした名品である。『享保名物帳』所載で、熊本藩主細川家家老松井興長が所持したことから、「松井江」と呼ばれる。徳川五代将軍綱吉の娘鶴姫が、紀州徳川家に輿入れの折に引出物として贈られ、以来同家に伝来した。茎の朱銘は本阿弥光常による。
(参考 佐野美術館HP)

国12aa 刀朱銘義弘

(重文 工芸品)短刀 銘国光

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ たんとう めい くにみつ
員数 1口 
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町
指定日 昭和32年2月19日

概要
刃長 25.1 cm、拵総長 38.9 cm、金梨子地葵紋散合口拵が付属する。

茎先まで神経の行き届いた気品高い冠落し造りの姿に、緊張感のある直刃を焼く。短刀の名手・新藤五国光を代表する名刀である。国光は永仁元年(1293)の年紀が残る鎌倉流の実質的な創始者であり、名工正宗の師匠と伝え、京・粟田口派の系統と考えられている。この短刀は、粟田口由来の細かな杢目文の地鉄に沸が美しく光り、刃にも円い沸が並び、刃中には金筋が踊り輝く、沸の魅力あふれる作である。付属する、鐔のない合口拵は江戸時代後期の作で、金梨子地に葵紋蒔絵の鞘に、金工の名門・十五代後藤光美の倶利伽羅龍小柄、目貫が付く。もと細川護立(1883~1970)の蔵刀であった。
(参考 佐野美術館HP)

(重文 工芸品)刀 金象嵌銘備前国兼光(名物大兼光)/本阿弥(花押)

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ かたな きんぞうがん めいびぜんのくにかねみつ めいぶつおおかねみつ/ほんあみ かおう
員数 1口
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町
指定日 昭和34年6月27日

概要
刃長 83.5 cm、反り 2.3 cmを測る。

兼光は長船4代目の南北朝時代を代表する名工。初期の作風は父景光に近い片落ち互の目や丁字刃だが、延文(1356~1360)頃から作風が一転し、大鋒の大太刀に鎌倉風ののたれ文を焼く。本作は後期の典型で、もとは刃長1メートルを超えたと思われる長大な太刀だが、精美な地鉄に鎌倉流とは異なる静謐なのたれ文を破綻なく焼き、技術の高さを示している。後の時代に磨り上げられ、本阿弥光温の金象嵌が入れられている。太閤秀吉の遺物として前田利常邸で藤堂高虎が拝領、その後、徳川将軍家に伝来した。
(参考 佐野美術館HP)

国14aa 刀金象嵌銘備前国兼光

(重文 工芸品)刀 無銘正宗

種別 国指定、重要文化財(工芸品)
よみ かたな むめいまさむね
員数 1口 
所有者・管理者 佐野美術館
所在地 中田町
指定日 昭和36年2月17日

概要
刃長 68.2 cm、反り 2.7 cmを測る。

正宗は新藤五国光の門で、鎌倉時代末期に活躍した刀工。精美な地鉄に沸を強調した躍動感あふれる新しい作風を創始、後の刀工に大きな影響を与えた。正宗作として伝世するものの多くは大磨上で、本作もそのひとつである。青く澄んで冴えた地鉄に、正宗が創出したと伝えるゆったりとしたのたれ文を焼く。刃縁には匂いの上に沸を敷く「雪のむら消え」と賞される景色を見せ、刃中の金筋、地景などの沸が織りなす文様が輝く、静謐な中に躍動感を秘めた作である。藤堂高虎の遺物として献上され、紀伊徳川吉宗が拝領、その後将軍となった吉宗から若君の疱瘡快癒の引出物とされた。以来同様の祝儀に代々使われた由緒を持つ。
(参考 佐野美術館HP)

国15aa 刀無銘正宗

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