本文
中村は後北条氏が永禄2年(1559)に作成した『小田原衆所領役張』に、川越衆筆頭大道寺周勝の知行地として「百四拾貫文 豆州中村」と見え、中世後期には既に村落を形成していたことが知られています。
鈴木家は近世を通じて代々中村の名主を勤めた家柄で、明治時代には三島製紙会社を運営するなど、三島・田方地域の殖産興業にも大きな役割を果たしました。
鈴木家から寄贈を受けた資料は総数2,598点に及ぶ膨大なもので、このうち近世史料が約70%を占めています。
最も古い史料は文禄3年(1594)の「中村御水張写」で、後北条氏から引き継いだ徳川政権による地域支配を物語る最も重要な史料と言えましょう。
鈴木家文書は、近世初頭から明治時代にかけての貢租や産業、商業・金融などの史料が充実しており、特に三島宿の近郊農村のあり方を知る上でこの上ない有用な史料が多数収められています。
平成24年3月刊行 A4判・166ページ
2,000円
546g